■身近な人を自殺から救う「門番」
今年3月の自殺対策強化月間に向け、内閣府が決めた「あなたもGKB47宣言!」のキャッチフレーズ撤回問題で、皮肉にも注目されることになった「ゲートキーパー」という言葉。
「GKB」とは「ゲートキーパー・ベーシック」、「47」とは都道府県数を意味し、全都道府県にゲートキーパーを広めようという意図で名付けられたコピーだとされています。人気アイドルグループ「AKB48」をもじった言葉であることから、国会や関連団体から自殺対策に使うのは不謹慎であるとの指摘を受け、撤回されることになりました。
ゲートキーパーとは、「門番」のこと。内閣府では、「悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る人」と紹介しています。専門家や特別な職業に就く人に限定されているわけではなく、誰でも心がけ次第でなることができる役割です。
自殺を考えるほど気持ちが追い込まれている人は、人には言いにくい悩みを一人で抱えています。身近にそうした人がいることに気づいたら、声をかけてじっくり話を聞き、抱えている思いを受け止めてあげましょう。これだけでも相手は話しやすくなり、気持ちが楽になります。
さらに、その人の悩みの内容に応じて、より専門的な相談窓口を紹介したり、その後も温かく見守っていけば、自殺の危機から救うことができます。ちなみに、私も都内の教育機関でカウンセラーとして活動している関係から、東京都で研修を受け、ゲートキーパー指導者の認定を受けました。
■話をじっくり聞くだけでも相手の気持ちを楽にできる
自殺者3万人台が続くこの国では、平均で毎日100人前後の人が自ら命を断っていることになります。自殺は遠い世界の出来事ではなく、今、隣の人に降りかかっている問題なのかもしれません。悩んでいる様子に気づき、寄り添っていくことは、身近にいるからこそできる行動です。
悩みを抱えている人は、一人で悩んでいるうちに出口を見失ってしまいます。悩みが深くなるにつれて、合理的な考え方や客観的な視点を失い、「もう死ぬしかないのだろうか」「こんな自分は生きていても価値がない」と、考え込んでしまうことが少なくありません。そのため、悩みを抱えている人を一人にせず、身近にいる人が声をかけてその人の気持ちを聞き、どんな支援が必要になるのかを一緒に考えてあげることが大切になるのです。
まずは、身近な人の様子にアンテナを張って、以前の様子と変わっているところがないか観察してみましょう。以前は明るかったのに、ふさぎこんでいる。疲れがたまっているようで、元気がない。好きだった気晴らしや趣味の話をしても、興味を示さない。こんな様子は注意信号です。
周りにそうした人がいたら、声をかけてみましょう。内閣府自殺対策の睡眠キャンペーンのキャッチフレーズ「お父さん、眠れてる?」のように、「元気ないようだけど、最近眠れてる?」「つらそうだけど、よかったら話してくれないかな」と、「あなたの力になりたい」という思いで声をかけてみるといいでしょう。
そして相手が語りかけたら、じっくり話を聞いてみましょう。聞いているうちに、色々な思いが湧いてくるかもしれません。しかし、自分の価値観は脇に置いておいて、その人の立場に立って、遮ることなくその思いを聞いてみましょう。このように、じっくりと耳を傾けて聞くことを「傾聴」といいますが、この姿勢で受け止めてもらえると、相手は心を開いて思いを話しやすくなります。
話を聞いたら、「よく話してくれたね」「よく頑張ってこられましたね」というように、心を開いて話してくれたことへのいたわりとねぎらいの気持ちを伝えてあげましょう。これだけでも、悩んでいる人の気持ちは楽になるはずです。
■困難な問題こそ専門の相談窓口につなぐ
次に、その人がどんな支援を必要としているのかを一緒に考えてみましょう。
お金の問題、仕事の問題で頭を抱えている人もいれば、暴力や暴言、いじめを受けて、深く傷ついている人もいます。悩みは非常に重いものだと思いますが、自殺に結びつきやすい問題には専門機関の相談窓口が設けられているため、一人で悩むより何らかの改善、解決の糸口を見つけられることが多いものです。
たとえば、借金や多重債務の問題なら全国に「法テラス」などの法律相談窓口、消費生活センターなどの相談窓口があります。配偶者、恋人からの暴力には、地域の配偶者暴力相談センター、婦人相談所、女性センター、男女共同参画センターなどの相談窓口があります。雇用上の問題や職場の人間関係の問題には、「働く人の悩みホットライン」(日本産業カウンセラー協会)や「総合労働相談コーナー」(都道府県労働局)などの電話相談があります。学校でのいじめ、不登校の問題には、少年相談窓口「ヤングテレホン」(都道府県警察)や「子どもの人権110番」(法務省)などの電話相談があります。
その他にも、たくさんの相談窓口があります。内閣府の自殺対策のホームページには、相談機関窓口情報が記載されており、悩み別に整理されていて参考になります。
悩みに適した相談機関を見つけてその情報を教えてあげたり、一人で連絡をとるのが難しいなら、相手に了解をとったうえで相談機関に連絡をして、予約をしてあげたりしましょう。一人でその場所に行きにくいなら、同行してあげてもいいでしょう。
■自殺を考える人は平均4つの悩みを抱えている
相談機関につなげた後の役割も大切です。声をかけ見守っていきながら、相談に乗っていきましょう。自殺の背景には、平均して4つの要因があると言われています。その人の抱えている問題は、他にもいくつかあるのかもしれません。
たとえば、憂うつが襲い、よく眠れない場合には、うつ病の可能性も考えられるため、受診を勧めた方がいい場合もあります。今現在、生活費に困っているなら、福祉事務所の生活保護相談窓口で対応できるかもしれません。家族との心の亀裂がある場合、その人が望むなら間に立って話をつなぎ、話し合いができるように調整してあげることができるかもしれません。
「相談機関につなげたら私の役割は終わり」と思うのではなく、その後もその人の気持ちに寄り添っていくことが大切です。見守ってくれる人、話を聞いて受け止めてくれる人がそばにいれば、気持ちが落ち着き、「死にたい」という思いに向かっていくのを防ぐことができます。
■自殺念慮の強さ、リスクの程度を確認する
また、話を聞きながら、その人にどの程度自殺のリスクがあるのかを確認しておく必要もあります。とはいえ、いきなり「死のうと考えていない?」とは切り出しにくいものです。そこで、私はまず「自分なんていなくなった方がいい、なんて思うことない?」とソフトに尋ねるようにしています。
この質問にYESと答えた人には、さらに「もしかして、もう死にたい、なんて思っていない?」と詳しく聞き、肯定された場合には、さらにその自殺念慮がどの程度具体的なのか、死ぬイメージまで具体的に浮かぶのか、毎日のように頻繁にそのことを考えるのか、自殺の手段まで考えているのか、もう準備を始めているのか……というように質問しながら、自殺のリスクがどの程度なのかを確認していきます。
リスクが高い場合には、すぐに精神科医療機関につないだり、家族や周りの人と連携するなど、自分自身も一人で抱えずに、細心の注意を払ってその人を守っていきます。
死ぬことを考える人は、「本当は生きたい。でも、万策尽きたから死ぬしかない」という思いを持っています。しかし、本人が「万策尽きた」と思い込んでいても、他の視点から見れば、解決策があるかもしれません。そこで、「今の悩みさえ解決できれば、生きていたいんじゃない?」と話し、「その解決について、一緒に考えていこう」と寄り添う姿勢を伝え、専門の相談機関につなぐなどの対策を考えていくといいと思います。
命を守るゲートキーパーは、一人ひとりの心がけ次第で担うことのできる役割です。怖がらず、偏見を持たずに、身近にいる人の心の変化に気づいて支えになっていきましょう。
また、内閣府ホームページの自殺対策のページでは、ゲートキーパーの概要の閲覧、『ゲートキーパー手帳』のダウンロードができますので、ぜひ参考にしてみてください。
【ストレス:大美賀 直子】
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今年3月の自殺対策強化月間に向け、内閣府が決めた「あなたもGKB47宣言!」のキャッチフレーズ撤回問題で、皮肉にも注目されることになった「ゲートキーパー」という言葉。
「GKB」とは「ゲートキーパー・ベーシック」、「47」とは都道府県数を意味し、全都道府県にゲートキーパーを広めようという意図で名付けられたコピーだとされています。人気アイドルグループ「AKB48」をもじった言葉であることから、国会や関連団体から自殺対策に使うのは不謹慎であるとの指摘を受け、撤回されることになりました。
ゲートキーパーとは、「門番」のこと。内閣府では、「悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る人」と紹介しています。専門家や特別な職業に就く人に限定されているわけではなく、誰でも心がけ次第でなることができる役割です。
自殺を考えるほど気持ちが追い込まれている人は、人には言いにくい悩みを一人で抱えています。身近にそうした人がいることに気づいたら、声をかけてじっくり話を聞き、抱えている思いを受け止めてあげましょう。これだけでも相手は話しやすくなり、気持ちが楽になります。
さらに、その人の悩みの内容に応じて、より専門的な相談窓口を紹介したり、その後も温かく見守っていけば、自殺の危機から救うことができます。ちなみに、私も都内の教育機関でカウンセラーとして活動している関係から、東京都で研修を受け、ゲートキーパー指導者の認定を受けました。
■話をじっくり聞くだけでも相手の気持ちを楽にできる
自殺者3万人台が続くこの国では、平均で毎日100人前後の人が自ら命を断っていることになります。自殺は遠い世界の出来事ではなく、今、隣の人に降りかかっている問題なのかもしれません。悩んでいる様子に気づき、寄り添っていくことは、身近にいるからこそできる行動です。
悩みを抱えている人は、一人で悩んでいるうちに出口を見失ってしまいます。悩みが深くなるにつれて、合理的な考え方や客観的な視点を失い、「もう死ぬしかないのだろうか」「こんな自分は生きていても価値がない」と、考え込んでしまうことが少なくありません。そのため、悩みを抱えている人を一人にせず、身近にいる人が声をかけてその人の気持ちを聞き、どんな支援が必要になるのかを一緒に考えてあげることが大切になるのです。
まずは、身近な人の様子にアンテナを張って、以前の様子と変わっているところがないか観察してみましょう。以前は明るかったのに、ふさぎこんでいる。疲れがたまっているようで、元気がない。好きだった気晴らしや趣味の話をしても、興味を示さない。こんな様子は注意信号です。
周りにそうした人がいたら、声をかけてみましょう。内閣府自殺対策の睡眠キャンペーンのキャッチフレーズ「お父さん、眠れてる?」のように、「元気ないようだけど、最近眠れてる?」「つらそうだけど、よかったら話してくれないかな」と、「あなたの力になりたい」という思いで声をかけてみるといいでしょう。
そして相手が語りかけたら、じっくり話を聞いてみましょう。聞いているうちに、色々な思いが湧いてくるかもしれません。しかし、自分の価値観は脇に置いておいて、その人の立場に立って、遮ることなくその思いを聞いてみましょう。このように、じっくりと耳を傾けて聞くことを「傾聴」といいますが、この姿勢で受け止めてもらえると、相手は心を開いて思いを話しやすくなります。
話を聞いたら、「よく話してくれたね」「よく頑張ってこられましたね」というように、心を開いて話してくれたことへのいたわりとねぎらいの気持ちを伝えてあげましょう。これだけでも、悩んでいる人の気持ちは楽になるはずです。
■困難な問題こそ専門の相談窓口につなぐ
次に、その人がどんな支援を必要としているのかを一緒に考えてみましょう。
お金の問題、仕事の問題で頭を抱えている人もいれば、暴力や暴言、いじめを受けて、深く傷ついている人もいます。悩みは非常に重いものだと思いますが、自殺に結びつきやすい問題には専門機関の相談窓口が設けられているため、一人で悩むより何らかの改善、解決の糸口を見つけられることが多いものです。
たとえば、借金や多重債務の問題なら全国に「法テラス」などの法律相談窓口、消費生活センターなどの相談窓口があります。配偶者、恋人からの暴力には、地域の配偶者暴力相談センター、婦人相談所、女性センター、男女共同参画センターなどの相談窓口があります。雇用上の問題や職場の人間関係の問題には、「働く人の悩みホットライン」(日本産業カウンセラー協会)や「総合労働相談コーナー」(都道府県労働局)などの電話相談があります。学校でのいじめ、不登校の問題には、少年相談窓口「ヤングテレホン」(都道府県警察)や「子どもの人権110番」(法務省)などの電話相談があります。
その他にも、たくさんの相談窓口があります。内閣府の自殺対策のホームページには、相談機関窓口情報が記載されており、悩み別に整理されていて参考になります。
悩みに適した相談機関を見つけてその情報を教えてあげたり、一人で連絡をとるのが難しいなら、相手に了解をとったうえで相談機関に連絡をして、予約をしてあげたりしましょう。一人でその場所に行きにくいなら、同行してあげてもいいでしょう。
■自殺を考える人は平均4つの悩みを抱えている
相談機関につなげた後の役割も大切です。声をかけ見守っていきながら、相談に乗っていきましょう。自殺の背景には、平均して4つの要因があると言われています。その人の抱えている問題は、他にもいくつかあるのかもしれません。
たとえば、憂うつが襲い、よく眠れない場合には、うつ病の可能性も考えられるため、受診を勧めた方がいい場合もあります。今現在、生活費に困っているなら、福祉事務所の生活保護相談窓口で対応できるかもしれません。家族との心の亀裂がある場合、その人が望むなら間に立って話をつなぎ、話し合いができるように調整してあげることができるかもしれません。
「相談機関につなげたら私の役割は終わり」と思うのではなく、その後もその人の気持ちに寄り添っていくことが大切です。見守ってくれる人、話を聞いて受け止めてくれる人がそばにいれば、気持ちが落ち着き、「死にたい」という思いに向かっていくのを防ぐことができます。
■自殺念慮の強さ、リスクの程度を確認する
また、話を聞きながら、その人にどの程度自殺のリスクがあるのかを確認しておく必要もあります。とはいえ、いきなり「死のうと考えていない?」とは切り出しにくいものです。そこで、私はまず「自分なんていなくなった方がいい、なんて思うことない?」とソフトに尋ねるようにしています。
この質問にYESと答えた人には、さらに「もしかして、もう死にたい、なんて思っていない?」と詳しく聞き、肯定された場合には、さらにその自殺念慮がどの程度具体的なのか、死ぬイメージまで具体的に浮かぶのか、毎日のように頻繁にそのことを考えるのか、自殺の手段まで考えているのか、もう準備を始めているのか……というように質問しながら、自殺のリスクがどの程度なのかを確認していきます。
リスクが高い場合には、すぐに精神科医療機関につないだり、家族や周りの人と連携するなど、自分自身も一人で抱えずに、細心の注意を払ってその人を守っていきます。
死ぬことを考える人は、「本当は生きたい。でも、万策尽きたから死ぬしかない」という思いを持っています。しかし、本人が「万策尽きた」と思い込んでいても、他の視点から見れば、解決策があるかもしれません。そこで、「今の悩みさえ解決できれば、生きていたいんじゃない?」と話し、「その解決について、一緒に考えていこう」と寄り添う姿勢を伝え、専門の相談機関につなぐなどの対策を考えていくといいと思います。
命を守るゲートキーパーは、一人ひとりの心がけ次第で担うことのできる役割です。怖がらず、偏見を持たずに、身近にいる人の心の変化に気づいて支えになっていきましょう。
また、内閣府ホームページの自殺対策のページでは、ゲートキーパーの概要の閲覧、『ゲートキーパー手帳』のダウンロードができますので、ぜひ参考にしてみてください。
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