
ニュースの現場から、ビジネスに活きるヒントを見つけ出す連載コラム「ニュースの教室」。
4限目となる今回は「慰霊の日々に向き合う」。
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間もなく東日本大震災が起きた3月11日がめぐってくる。
他にも福知山線列車事故、阪神淡路大震災、日航123便の事故、
沖縄戦の終結など、多くの慰霊の日々が私たちの周りにはある。
では私たちにとって、慰霊とはどんなことなのだろうか。
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福島県南相馬市の萱浜(かいはま)地区は77人が津波の犠牲となり、
その慰霊祭が2月11日に行われたという。(朝日2月12日朝刊)
震災1年となる3月11日では他の追悼行事と重なるからだ。
東日本大震災が起こった11日を月命日として、
毎月多くの慰霊祭が各所で行われてきた。
そして1年目の3月11日が一周忌の慰霊祭になる。
それを1ヶ月早めて一周忌とするのは、
縁(ゆかり)の人を他と紛れずになぐさめたい気持ちからだろう。
慰霊とは文字通り死者の霊をなぐさめることだが、
それは霊の残念を痛切に思うわが身をなぐさめることでもある。
霊は肉体に宿り、肉体が亡びればそこを離れて存在するという。
その霊が新たな肉体を得て何度も生まれ変わるとする考えもある。
多くの人にとってあの世とこの世とはとても近いものなのだ。
私たちはあの世を意識しながらこの世を生きているのかも知れない。
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05年の福知山線列車事故の慰霊祭、95年の阪神淡路大震災の慰霊祭、
85年群馬県御巣鷹山に墜落した日航123便の事故の慰霊祭、
45年に沖縄戦の組織的戦闘が終結して設けられた慰霊の日。
数えれば日本列島の1年は、慰霊祭の日々で埋め尽くされている。
慰霊祭で皆が集うのは、戦争や災害や事故など、
理不尽な死に突然見舞われた故人の無念をみんなで慰めるためだ。
そして故人から受け継ぐものに思いをいたすためだ。
だが理不尽な死は戦争や災害や事故だけのものではない。
死はそれ自身が理不尽なのだ。
私たちは先人たちの理不尽な死の堆積の上に立っている。
慰霊のニュースに触れるたびにさまざまな先人を思い起こし、
先人が私たちにどのような無念を残したかを沈思したい。
1.親は自分にどんな無念を残そうとしたのか。
2.祖父母は子や孫(自分)にどんな無念を残そうとしたのか。
3.親や祖父母の時代は自分にどんな無念を残そうとしたのか。
4.歴史は自分にどんな無念を残そうとしたのか。
無念が、果たしきれなかった夢や思いのことだとすれば、
慰霊は、そのバトンタッチの儀式だと考えてもよいだろう。
旧暦の2月15日はお釈迦様が入寂(死んだ)日で、
同じ頃に死にたいと願った西行はこんな歌を詠んでいた。
願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ
その願いは叶って2月16日、73歳で西行は亡くなった。
しかしこの歌は願望達成の祝歌ではなく、切望歌だ。
平安から鎌倉時代へと激変する時代に、
自身もまた家庭と武家を捨てて僧へと身を変えながら、
「思うように生きたかったが未だ果たしていない」
との思いを死の直前まで持ち続けた西行は、
「思うように生きる」ことを後世に託したのだと思う。
文●楢木望
ビジネスエッセイスト/ライフマネジメント研究所所長
『月刊就職ジャーナル』編集長、『月刊海外旅行情報』編集長を歴任。その後、ライフマネジメント研究所を設立、所長に就任。採用・教育コンサルタント、就職コンサルタント、経営コンサルタント。著書に『内定したら読む本』など。
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